2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、再開発が進む銀座。きらびやかなブティックが立ちならぶ中心地から、少し離れた銀座8丁目にある雑居ビルの地下にBREWIN`BAR 主水-monde-(ブリューインバー モンド)はある。地下へと続く階段の先には、オレンジ色の優しい明かりが灯されている。
同店は、銀座で30年続いたオーセンティックバー・MONDE BAR(モンド バー)を2015年12月にブリューバーとしてリニューアルオープン。2017年4月からクラフトビールの店内醸造を開始した。
奥行きのある店内にはカウンター8席とテーブル30席が用意され、ゆったりとお酒を楽しむことができる。若者や女性にも気軽に来店してもらいたいという狙いから、重厚な印象を与えるカーペットや大きなビリヤード台を取り払い、バルテーブルや100インチの大型スクリーンを設置するなど店内をカジュアルに改装。40代以上の男性が中心だったという客層の幅はぐっと広がった。
銀座ビール誕生の由縁
銀座のオーセンティックバーがなぜビール造りを始めることとなったのか。同店を経営する株式会社ブリューインバーの代表取締役・武藏昌一さん(55歳)と取締役・児玉亮治さん(43歳)に話を伺った。
「商品力に欠けるバーがお店を続けていくためには、ものづくりが必要だと思うんです。例えば、老舗の団子屋さんには団子っていう確かな商品があって、それを代々受け継いでいるのだけれど、僕たちにはそれがなかった。それで、数あるお酒の中でも、場の雰囲気を明るくしてくれるビールをいつか自分たちでも造ってみたいねって。ぼんやりした夢でしたけど、以前から二人で話していたんです(武藏さん)」
さらにそこには、個人経営店の多くが店主の引退とともに一代限りで廃業してしまうという、バー業界全体が抱える問題へのやるせない想いがあるのだという。そして、同店の前身であるMONDE BARも例外ではなかった。
「師匠であるMONDE BARのオーナーが開店30周年を節目に、店を閉めて海外に渡ると言い出したんです。弟子の私たちにとっても、はじまりであるこの場所を失くしてしまうのは本意じゃない。その時に、ビール醸造の夢を思い切って持ち出してみたら師匠も賛同してくれて、僕らの物語が動き出しました(武藏さん)」
今ではそれぞれ独立して複数の店を経営するまでになった二人。ルーツであるこの場所に戻り、再び歩みを進めることとなったのだ。
ベテランバーテンダーの初体験
バーテンダーとして豊富な経験を持つ彼らだが、ビール造りにおいては全くの素人であり、思わぬところでつまずくことも多かった。
その一つが、店の要ともいえる醸造機の選定だ。元々パーティールームであった場所を醸造所にする予定だったため、業務用の機械を設置するには手狭であった。そこで、機能性は損なわずに小型のものを探すも、そう簡単には見つからず、自家醸造が盛んな海外に目を向けたところ、カナダの家庭用醸造機にたどり着くことができた。
到着を待ちながら他の準備で慌ただしくしていた矢先、今度は醸造機の一部のパーツが検疫で没収されたとの連絡が入る。というのも、代理店を通して輸入すべき機械を、知らずに個人で輸入してしまったのだ。結局、足りないパーツは日本のもので代用した。
「なんの知識もないまま見切り発車したこともあり、周囲からは厳しい声をもらうことも多かったですね(武藏さん)」
晴れて自家醸造ビールを提供できるようになるまでには、一年半もの歳月がかかった。
マイノリティな美味しさの追求
店の奥に併設された『ブリューインバー銀座醸造所』の扉を開けると、まだ真新しいピカピカのタンクがずらりと並ぶ。
イギリスの伝統的な製法を用いた“エールビール”にこだわり、T.Y.HARBORなど名だたる有名店で腕を磨いたベテランブリュワーがビール造りにいそしんでいる。現在日本に広く流通しているスッキリとした味わいのラガービールとは異なり、香り豊かでコクのある苦みが魅力だ。
「ビールが飲めない方の大多数は“苦み”を嫌っているんです。だから、大手はみんなが飲みやすいものを造ることに必死になる。でも、僕たちはあえて苦さで勝負した。人があんまり認めてないものを認めてみせるところに、面白さを感じているんです(児玉さん)」
同店では小規模醸造ならではの利点を活かし、あえて一回の生産量を抑えてタンクの入れ替わりを早めることでオリジナルレシピをどんどん開発。主にイングリッシュビター・IPA・スタウト・バイツェンの4系統を得意とし、ひと月に8種類の新作ビールを生み出している。
そして、美味しいお酒に欠かすことができないのが美味しい食事。フレンチ出身のシェフが旬の素材を使って作るメニューは20種類以上に及び、ビアパブ定番のおつまみから本格的なメインディッシュまで幅広く用意されている。中でも香草や花が高々と盛りけられた『仔羊のラザニア』は、肉の旨みが凝縮されたミートソースが絶妙だ。
かたちを変え 受け継がれるもの
オーセンティックバーといえば夜のみの営業が一般的だが、同店ではリニューアルを機に、開店時刻を昼の14時に改めた。ビールの仕込み作業で日中からスタッフがいるのならば、いっそのこと店を開けてしまおうと考えたのがきっかけだ。
「昼間からお店が開いているのは、お客さまにとっても便利。これから街に外国人がどんどん増えていくだろうし、プレミアムフライデーが無くたって日本人の働き方もそのうち変わっていくと思うんです。好きな時にふらっとお酒が飲めるっていうのは、一種の豊かさなんじゃないかな(武藏さん)」
そう言って武藏さんは、日本のバーが“縁側みたいな存在”であり続けることにこそ意義があるのだとよどみなく話す。
「マンション住まいが当たり前になって、ご近所さんが縁側で会話を楽しんだり、物を持ち寄るという光景も自然と消えていきました。そんな現代だからこそ、出会いや交流の場としてバーが求められていると信じています。さらに言うと、その場を和ませるコミュニケーションツールとしてビールってぴったりだと思うんですよね(武藏さん)」
二人の次なる夢は、こういった醸造所を併設したバーを全国各地に展開していくことだという。それぞれの土地の特色に合わせてコンセプトを変え、あえて統一を図らない地域密着型の店づくりをイメージしている。
「銀座で造ったものを銀座で飲む。たったそれだけのことだけど、美味しいっていうのはそういう感覚だったりするんだと思う(児玉さん)」
日本を代表する繁華街で愛されてきた一軒のバーが代替わりとともに迎えた転換期。これからどんな店へと育てていき、次の世代に伝えていくのか。まずは困難を乗り越えながら、新たなスタートを切った彼らが造る苦みのきいた一杯をぜひ味わってほしい。
BREWIN`BAR 主水-monde-(ブリューインバー モンド)
東京都中央区銀座8-11-12正金ビルB1 map
03-3574-7004
14:00~23:00
日曜・祝日定休
http://www.brewinbar.com