2018年1月29日、東京・神田にリハーサル音楽スタジオ「Studio Bpm.」がオープンした。淡路町、小川町、神田、御茶ノ水、秋葉原のいずれの駅からも徒歩圏内という好立地。
階段をおりた先にあるガラス扉を押し入ると、コンクリートの壁際にはデザインされたソファー。目を引くのは、特徴的な照明が並び立つ大きなテーブル。よく見ると、その電球を支えているのはマイクスタンド。そしてバーカウンターのような受付の壁に掛けられた数本のギターによって、ようやくここが音楽スタジオであることがわかる。
いかにも高級なプールバーのような洒落た空間だ。
このリハーサルスタジオを手掛けた舩倉亮さん(39歳)は、音響設計・施工 や防音工事を請け負う株式会社グリーンエフェクト代表。キーボーディストとして数々のライブハウスへの出演経験を持つ。
森松宏介さん(35歳)はアートギャラリーの運営やイベント企画を手掛ける株式会社ビッグノーズ代表。コーラスグループのメンバーとしてメジャーレーベルからCDもリリースした。
彼らはなぜこのスタジオ立ち上げに関わったのか。そこに込められた思いを聞いた。
やっと見つけた物件は元居酒屋
まず、物件探しには相当苦労した。そもそも、音楽スタジオにできる物件 が少なく、契約直前でダメになったこともあったという。最終的には5、6件見学したのちに、元居酒屋のこの物件に決めた。
「元居酒屋ということで、面白い縁もありました」と、森松さん。
「居酒屋時代のお客さんが中を覗いて、音楽スタジオだとわかると『すてきな空間ですね。僕も音楽やってるんですよ』と嬉しそうに言うんです。運命的ですよね」
本当にいいものを作れば、あとはミュージシャン同士の口コミで評判が広まると信じて急ピッチで施工が始まった。
ミュージシャンが成長するスタジオ
二人の役割は、舩倉さんが音響とハード面を設計・統括し、そこに森松さんがミュージシャンを呼び込む。彼らは、どんなスタジオを目指したのだろうか。
「とにかく、今までにないスタジオを作りたいという思いが強かった。従来のリハーサルスタジオって、どちらかというと閉鎖的な空間で、練習が終わったらさっと帰るイメージ。そうではなく、ビジュアル や音響へのこだわりを徹底すれば、居心地のよい空間になるんじゃないかと」(舩倉さん)
二人ともミュージシャンとして活動していた時期が長かったため、スタジオを利用してハード面や機材が疲弊していると思う機会も多かったそうだ。
「やりやすい空間だとミュージシャンが成長する。うちはすべての部屋に、リハーサルスタジオとしては珍しくグラフィックイコライザー を入れています。各部屋の大きさ、用途、楽器の各周波数 に応じてこちら側で細かく設定したかったんです」(舩倉さん)
「一番かわいそうなのはボーカリスト。狭いスタジオでドラムを背負って歌うと自分の声が聞こえない。かといって、ボリュームを上げるとマイクがスピーカーの音を拾って『キーン』とハウる。バンド的には『リハスタは楽器隊のためのもの、ボーカルは個人練でよろしく』という空気があるんです(笑)。でも、うちは舩倉さんのおかげでボーカルの声が楽器の音に埋もれないセッティングになっています」(森松さん)
Studio Bpm.には計8つのスタジオがある。16畳のFスタはグランドピアノを置いた「ジャズ仕様」。音の響きを求めるピアニストのために吸音率を調整した。年間で大小含めて平均40件のスタジオ設計を手掛ける舩倉さんの経験が役立っている。
「ここまで考えて作られたリハーサルスタジオはあまりないと思います。建築音響のプロが室内の施工を手がけても、機材は運営側が選んじゃうとやっぱりバランスが悪くなっちゃう」(舩倉さん)
音楽の実験室であり、交流の場に
そもそも、スタジオの手前に現れるラウンジもシックで洒落たデザインだ。
「ただ練習するだけじゃなくて、音楽の実験室でもあり、ミュージシャンや音楽関係者の交流の場にもなるスタジオになると嬉しいですね。ラウンジや一番広い31畳のKスタは、そのためにも存在しているんです」(森松さん)
二人の人脈をフル稼働させて、人と人をつなぐ場所にしたいという思いが強い。オープン前の2日間は、ミュージシャンや音楽関係者を招いてパーティーを開いた。
「100人ぐらいの方が来てくれて、泉谷しげるさんも飛び入りで4曲歌ってくれました。さらに、僕のクライアント が森松さんの呼んだミュージシャンに仕事のオファーをしたりとスタートから順調ですね」(舩倉さん)
音楽一本では食べていけないミュージシャンが多いのが実状。幸せなマッチングによって彼らの未来を変えられたら。それを丁寧に重ねていくのが自分たちの使命だと語る。
「たとえば、ゲームサウンドの制作現場って曲作りの回転が早かったりするんです 。2、3カ月に1曲作るポップスなどと違って、1日に4曲も5曲も作ることだってあります 。常にアーティストを欲しているのに両者をマッチングする場が今までなかった。このスタジオを介して、同じサウンド業界だけど接点がなかった人同士が出会えるといいですね」(森松さん)
オーナーを含む三人の共通の願いは「このスタジオを通じて音楽人口を増やし、音楽カルチャー史に残るスタジオにする」こと。ゆくゆくはレコーディング設備も整えたいという。
「真下に地下鉄がゴトゴト走ってるから、なかなか難しいんですが、デジタル処理の技術が進化しているのでできないことはない。どの程度のレベルを求めるかにもよりますけど」(舩倉さん)
「Bpm」はミディアムスローぐらい
スタジオの名前に冠された「Bpm」とは、演奏時のテンポを表す単位。最後に、二人にとってこの生まれたばかりのリハーサルスタジオをどのぐらいのテンポで運営していくのかを尋ねた。
「具体的な数値は難しいんですが、ミディアムスローぐらいでしょうか。何十年と残るものにするためには、一歩一歩着実に積み上げていくことが必要だと思うので」(森松さん)
なるほど、速すぎても遅すぎてもダメということだ。一方の、相方はどう考えているのか。
「ミディアムスローは一番心地いいテンポ。異論ありません(笑)」(舩倉さん)
元ミュージシャンたちが本気で作った、痒いところに手が届くハイクオリティのリハーサルスタジオ「Studio Bpm.」。東京・神田で、今後数十年にわたって心地よい“ミディアムスロー”のテンポを刻み続けることだろう。
Studio Bpm.(スタジオ ビーピーエム)
東京都千代田区神田司町2-13 神田第4アメレックスビルB1 map
03-5244-5666
http://studiobpm.jp