2016年冬に発売を開始した『BOOK NOTE(ブックノート)』は、職人の手で一冊ずつ丁寧に作られる“大人のためのちょっといい”ノート。
どのページを開いてもぺたんと真っ平らに開き、さらに360度折り返しても型崩れしない。サイズは女性の手にもなじむB6版。ほどよく硬さのある表紙を下敷きに、立ったままの筆記がはかどる。角は丸くカットされていて、本文用紙の角が折れたりせず、長くきれいな状態で愛用できると評判だ。
この商品を企画から製造、販売しているのは文具メーカーではない。東京・東日暮里にある小さな製本工房から誕生した。
商品開発の背中を押した出版不況
創業72年の渡邉製本株式会社は、辞書や教科書など書籍製本やさまざまな特殊製本を扱う。
「手作業のものも全然いといません」と代表取締役社長の渡邉浩一さん(61歳)が語るように、オートメーションでは実現しがたい相談にも積極的に乗る。
一方で、紙媒体からデジタルシフトが急速に進むいま、本作りの最終工程にある製本業界はかつてない転換期にある。ピーク時から約半減した出版市場と電子書籍の登場により先細りは明らか。ところが、生き残りを図るべく、文具やノベルティ製作など本業以外のジャンルに進出する製本会社はあまり多くない。
そのような中で、「自社製品をやりたい気持ちはかなり前からあった」と語るのは、同社取締役で妻の彰子さん(59歳)。
出版不況が顕著になった2015年夏、なんとかしなくてはという思いからオリジナルノートの開発を決意する。理想のノートに最適な素材は何か、どんな加工を施すべきか。試作品を十数個作り、テストを繰り返した。
ちょっとした罫線ずれも妥協しない
BOOK NOTEの基本仕様は、ハードカバー本と同じだ。価格は2916円(税込)と決して安くはない。その理由について浩一さんが明かした。
「いい素材を使っています。例えば、表紙は辞書などにも使用されるリネンクロスで、長期保存に耐えられるものです。思いっきり開いて使っても劣化しないよう工夫したり、手間もかかっています」(浩一さん)
本文用紙には日本生まれの『OKフールス』を採用した。インクの吸収が良く、万年筆だけでなく鉛筆や水性ペンとの相性もいい。しかも裏抜けしにくい優れものだ。
「いろんなペンを使って、スタッフ全員が書き心地を確かめました。筆からマジックまで。その結果これがベストかなと。また作ってみて気づいたのですが、めくるときの手触り感と音がいいんです」(彰子さん)
ページデザインは、無地と5ミリ方眼の2種類を用意した。整った文字を書きたいとき、作図したいとき、ページをフレーム分けしたいとき、方眼は何かと役に立つ。
その罫線は、ノートのクオリティーを語る上で重要なポイントだ。渡邉製本が特にこだわったのは視認性。優しいクリーム色の本文用紙に合わせ、現在の色合いに落ち着くまで何度も色校正を重ねた。また左右のページにまたがる部分をよく見ると、罫線のつなぎ目がほとんどずれていない。
「罫線を印刷した本文用紙1枚を、16ページに折りたたんで作ります。折る回数が多いと、罫線ずれをなくすのは非常に難しいんですよ。現場をよく知る社長は『100パーセントなくすのは無理』と言っていたのですが、私は妥協するのが嫌だったのでケンカになりまして(笑)。その粘りが通じたのか、折り専門の職人さんが大変努力してくださいました。なかなかの仕上がりになったと思います」(彰子さん)
品質を左右する伝統的な製法
製本方法は伝統的な「糸かがり」。本文用紙の束を糸で縫い合わせて1冊分にまとめていく。糸を使わずに接着剤で貼り合わせる方法もあるが、コストが抑えられる一方で、開口性や耐久性はやや劣る。糸かがりなら180度きれいに開くし、十分な強度があるのでページの抜ける心配もない。
綴じた本体と表紙の接着は手作業だ。職人がはけを使い、1冊ずつ本体の背に糊を塗っていく。少しでも感覚が狂うと不要な部分に糊を塗ってしまったり、塗布する量を間違ったりする、繊細な作業だ。
そもそも書籍は加工工程が複雑。品質を考えると、機械より人力の方が頼りになるケースはまだまだ多く、はけ作業はその典型といえる。
「大きな製本会社は全部機械で本を作ってしまうので、“はけ”を持っていないところもあります。弊社では、ドライバーを除く全員にはけを使えるよう教えこみ、一人前になるまで育てています」(浩一さん)
同社の技術力は海外からも注目されている。アメリカのステーショナリーメーカーとの取引にはじまり、現在では東南アジアなど他の地域からも引き合いがあるそうだ。
自由に使って紙に親しんでほしい
真っ平らに開けて、縦にも横にも自在に使えるBOOK NOTE。ブランドサイトには利用者の生の声が多数公開されている。上下左右を使い分けてマインドマップを描く経営コンサルタント。スクラップブックとして使うフリーライター。ペンやインク、色鉛筆、絵の具などさまざまな画材をのせるイラストレーター。各人が個性的な使い方をしていることに驚く。
「タブレット端末のようなイメージで自由な角度で使ってもらいたいと思います。そして紙に親しんでいただきたい」(浩一さん)
商品コンセプトにある“大人”の意味について尋ねると、彰子さんは次のように答えた。
「大人って、いろんなことが重なっていくことだと思うんですね。経験にしても、人脈にしても、時間にしても。そのなかで書き残したいことが出てくる。いいことばかりじゃなくて苦い思い出も。使い捨てではなく残してもらえるもの、持っていてちょっといい気分になれるものを作れたら。そんな思いが込められています」
有料オプションとなるが、名入れ箔押しサービスを1冊800円で行っている。箔色は金・銀・白・黒の4色で、書体は明朝3号。イニシャルや名前、日付など最大10文字まで表紙に入れることができる。
さらに公式オンラインストア限定で、希望サイズにカットする無料サービスも受け付けている。「自分が使っている手帳と同じサイズにしてほしい」という要望に応じたのがきっかけだ。
「在庫の横に断裁機がありますから、大した手間ではありません。私が作業すれば済む話ですし(笑)」(浩一さん)
断裁して残った部分はBOOK NOTEと一緒に購入者へ届ける。紙を愛する浩一さんならではの思いやりだ。
「委託加工の仕事が少なくなっている中、自ら仕事をつくることができました。“自分たちのブランドで売っている”というプライドと責任感が芽生えていますね」(浩一さん)
製本工房の職人技術と想いがつまったBOOK NOTE。最後のページまで使い終えたとき、自分だけの一冊が出来上がる。文具好きなら手に取ってみる価値は十分ある。
渡邉製本株式会社
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