ここ数年、手ぶらで快適なアウトドア体験ができる「グランピング」がブームだ。ホテル並みの設備を備えたキャンプ場が全国各地にオープンし、休日を自然の中で過ごす人が増えている。
喧騒から離れて非日常を満喫するなら、雰囲気のある空間を演出したいもの。そこでぴったりなのが、2018年秋に登場した『HIKER(ハイカー)』のレザープロダクトだ。
レザーをシームレスに
『Chair』(16万8000円税抜)は、自然の中で革張りのソファに座っているような気分が味わえる逸品。
一枚革をぜいたくに使用し、身体をすっぽり包み込む。細かいパーツまで革製にこだわりながら、専門機関による強度試験を行い、負荷がかかる部分を補強するなど実用性にも配慮。フレームを分解して持ち運びできるのもいい。
まるで外国映画に出てきそうな色気をまとうHIKER。実は埼玉県草加市の皮革事業者による『レザータウン草加プロジェクト』とデザイナーが一体となって生み出したブランドなのだ。
参加企業の1社で、事務局を担う河合産業株式会社の河合泉さん(50歳)によれば、キャンプ用品の無骨なイメージから一歩抜け出したテイストを意識したという。
「アウトドア用でありながらインテリアとしてもおしゃれ。ぜひ革の高級感を味わってもらいたいですね」
革は熱に強く、火との相性は悪くない。薪運びに活躍するログキャリー『Firewood Basket』(9万2000円税抜)は、秋冬キャンプに欠かせない焚き火にはもちろん、暖炉や薪ストーブと合わせてもセンス抜群だ。
手間をいとわず、裁断面まですべて手仕事で磨き上げ、美しいしずく形のシルエットを保つために芯材を工夫した。
埼玉県産ブランド牛は革も絶品
HIKERのプロダクトは、地元埼玉県産『武州和牛』の原皮を使用している。指定農家のみが出荷できるブランド和牛で、28ヶ月以上をかけて大きく育てるのが特徴だ。
「ストレスを与えないように丁寧に飼育されているから、傷などダメージの少ない皮が無駄なく採れるんです。武州和牛は食べても絶品ですが、本当にきれいな革になります」
また、しっとりとやわらかい革に仕上げる工夫として、古くから美肌ケアに定評のある“米ぬかの油”を使っている。
「草加せんべいのつながりからチャレンジしました。米ぬかは人にも環境にもやさしいですし、動物の皮も風合いが良くなるのではと考えたんです」
自由な発想を形にした匠のノウハウ
ティッシュケースやカトラリー、蚊取り線香ホルダーといった小物類は、いずれも革と金属を組み合わせたもので、職人たちにはない発想だったという。
「自分たちだけでもいろいろ試してきましたが、やっぱり先入観やアイディアに限界があります。例えば、ティッシュケースはハーフサイズ用で、車のドリンクホルダーにも入ってコンパクト。化粧直しとか少しだけ使いたい時にちょうどいいですし、エコロジーでいいですよね」
ティッシュケースの胴体部分はブリキで、お茶筒の技術を応用している。革の風合いと強度を保ちつつ、金属に接着させるのは簡単ではないが、草加のベテラン職人のノウハウがそれを可能にした。
「革と金属、一緒にエイジングが楽しめるのもいいところ。製品の完成時がピークではなく、使うほどに愛着が湧いてくるのが魅力です」
デザイナーのアイディアと職人の技が結びつき、草加レザーをけん引するプロダクトが完成。アウトドアショップなどへの卸販売を中心に全国展開していく。バイヤーからの反応は上々だ。
自然とともに生きる皮革産業
東京からほど近い草加とその近郊は、現在180社を超える皮革関連企業が集まる。もっとも一口に皮革といっても商材は各社さまざまで、国内では珍しく15種類もの動物皮を扱っているという。
例えば河合産業は、豚皮からゼラチンやコラーゲンの原料を精製する会社で、最近では釣りの擬似餌「ポークルアー」の製造にも力を入れている。
ポークルアーの原料は豚皮なので、魚が食べても消化でき、万が一水中に落ちても短期間で生分解される。釣り場のゴミ問題が深刻化するなか、10年ほど前から少しずつ愛用者は増え、「自然を愛する人が使ってくれれば」と河合さんも期待を込める。
そもそも革とは、基本的に食肉用の動物の皮をリサイクルしたもの。無駄なく使いきるという考えが根底にある。
「職人はみんな『いただきます』という動物への感謝の気持ちと、『自分たちがいなければゴミになってしまう』という使命感を持って仕事をしています」
ロゴに秘められた「間」への思い
日光・奥州街道第2の宿場町として江戸時代から栄えた草加。俳人・松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で最初に荷を下ろして休んだ場所とも言われていて、市内を流れる綾瀬川沿いには往時の雰囲気を伝える松並木が続く。
HIKERの名前には “ハイキングをする人”、それともう一つ“俳句を詠む人”という意味が込められている。
「ロゴにも五・七・五のバランスを取り入れているんです。革を使うことで、生活や仕事に追われる日々に『間』みたいなものを取り戻してもらえたら」
HIKER誕生の20年ほど前から素材やブランドを共同開発するなど、協力関係を育んでいった職人たち。革製品はもとより、地域産業の新しい地平を切り開くプロダクトを目指す。
「HIKERをきっかけに、草加の革のこと、職人のこと、ストーリーを知ってもらえればうれしいですね」
HIKER(ハイカー)
埼玉県草加市中根1-14-1 河合産業株式会社内
048-936-2267
http://hiker.jp/