「6歳の頃に近所の文具店ではじめて砂時計を見て、“きれいだから欲しい”と買ってもらったんです。どこへ行くときも携帯して、砂がさらさら落ちるのを眺めたり、いろいろ時間を計ったりと、とにかく夢中になっていました」
お店を開いて、砂時計をいっぱい並べたい――。周囲にそう話していた和田朱美さん(55歳)は、大人になってその夢をかなえます。
日本で唯一の“砂時計専門店”
古い下町の風情が残る台東区谷中。連日多くの人でにぎわう谷中銀座商店街から一本入った路地裏にぽつんと、砂時計専門店『Sablier de Verrier(サブリエ・ド・ヴェリエ)』はあります。サブリエはフランス語で砂時計、ヴェリエはガラス職人という意味です。
元々は古い倉庫だった空間に、和田さんが友人と2人で床を貼ったり壁を塗ったりして、フランスの片田舎にある職人の屋根裏工房をイメージして作り上げました。
店内に足を踏み入れると、さまざまな色や形の砂時計がずらり。そのほとんどは国内で製造されたオリジナル品です。
「日本の砂時計はガラスの質が高いので割れにくく、長持ちするんです。時間も正確です」
かわいい雑貨好きな女性が好みそうな砂時計が並んでいますが、意外にも男性客は多く、夜光砂時計や星座砂時計などロマンチックなものを買っていく傾向があるとか。
癒し効果はもちろん、思い出を形にできる
お店の一番人気は二色砂時計。2種類の砂粒が落ちたとき、比重の違いで完全には混ざらず、きれいなグラデーションをした円すい形の山ができます。
「コロナ禍の影響もあり、おうち時間を楽しく過ごしたい方が増えているんでしょうね。ピピッと音を立てるタイマーにはない、癒しやゆとりを求めて買われる方が多いんです」
逆さにするだけでセットが完了し、つつましく時を刻んでくれる。静穏な気分で仕事をしたいカウンセラーや占い師、入浴中に優雅な気分を味わいたい方、筋トレのインターバルを測りたい方など、お客さまの購入目的は十人十色だそうです。
粒状のものであればたいていのものは砂時計にできます。廃棄物処理会社からの依頼で、鉄くずを処理する過程で発生する鉄鋼スラグを砂粒状にして、記念品を作ったこともありました。
お客さまが持ち込んだ砂で商品を作るスペシャルオーダーも受け付けています。
野球部員の卒業記念にしたいと依頼を受けたときのこと。練習場のグラウンドで採取した砂を入れ、木枠の部分をバットやボールの形にして、背番号や名前をプレートで貼ったものを提案したところ、大変喜ばれたそうです。
砂の中に積み重ねてきた思い出ごと預かって、お客さまのイメージに合った商品を作る。それが仕事の妙味と和田さんは微笑みます。
開業を後押しした運命の出会い
和田さんが同店を立ち上げたのは、名古屋市の覚王山という町。谷中と同様に再開発の手が及ばない、昭和の風情を残した雰囲気に魅入られたそう。
「時間が止まったかのようなこの場所に砂時計屋があったら素敵だなって思ったんです。同じ時期に砂時計職人を紹介するテレビ番組が放映されていて、彼らの作った商品を紹介できたらいいんじゃないかって」
たまたま入ったカフェの店主に相談したところ、“もうすぐ移転するこの店舗を引き継がないか”と言われたそう。
理想的な空間と内装に運命を感じ、1995年に砂時計ギャラリー兼カフェとして同店をオープン。
その18年後、東京への転居をきっかけに、谷中に店を構えました。
「谷中の人はみんなフレンドリーで古い友人のよう。ご近所にクリエイターさんがいてコラボすることもあります。それでいて住民はのんびり、まったりしているんです」
製造は1日10個。熟練技で作られる逸品
砂時計は砂、器、枠の3つから成ります。
製造工程は砂の準備から。ふるいにかけて均一な粒子を抽出します。次にガラス管を熱して、くびれを作ります。器に砂を入れて、量を調整したら穴をふさぎ、枠を取り付けます。
こうして作られる砂時計は1日10個程度。砂粒とガラス穴の直径は一様ではなく、長年の経験によって培われた熟練技を要するので量産はできません。
専門の工場は2022年時点で日本に3カ所のみ。安価な海外製に押され、同業者はどんどん辞めていったといいます。
残る工場の職人たちも高齢化が進み、このままでは日本から砂時計職人がいなくなってしまうと和田さんは危惧します。
国産品が生き残るお手伝いをしたい
和田さんと工場との付き合いは30年近く。商品を発注するだけでなく、小売の窓口を一任されるまでになりました。
「最初は、いつまで続くかなという目で見られていたと思います。それが今では、サブリエに全部やってほしいと頼られます。私もようやく砂時計を作る仲間になれたのかな」
日本製の砂時計の素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらい、文化を継承していきたいと話す和田さん。
「何十年も見続けているけど、それでも毎日お客さんに“この砂時計きれいでしょう”って見せながら一緒になって眺めちゃうんですよ。時が経っても飽きることのない、本当に不思議なアイテムだなと思います」
お客さまの中には作家やミュージシャン、地域猫もいるサブリエ・ド・ヴェリエ。砂時計文化を盛り上げる聖地として、使い手と作り手が交錯する場所として、今日も砂時計を愛する人たちが谷中の路地裏を訪れます。
Sablier de Verrier
東京都台東区谷中3-9-18 map
11:00~19:00
不定休
http://www5e.biglobe.ne.jp/~sablier/