北区王子で、古本と古家具とこだわりのコーヒーを。 店主が目指す“街の喫茶”とは

北区王子で、古本と古家具とこだわりのコーヒーを。 店主が目指す“街の喫茶”とは

2024.12.27配信

コーヒーの湯気を感じながら本のページをめくり、古家具に囲まれた静かな空間で、日常と非日常のあいだのようなひとときを過ごす。

そんな喫茶店が、北区・王子の住宅街の一角にひっそりと佇んでいる。

「“街の喫茶”になりたいんです。“街の喫茶”というのは、街の人をいちばんに想っているもの、そして街の人も想ってくれているものだと思います」

そう話すのは、『GRANARYS COFFEE』(グライナリーズコーヒー)店主の伊能大樹(イヨク・ヒロキ)さん。(46歳)

物語のはじまりは、築140年の建物との出会いから

喫茶店の開業は、当時住んでいた足立区・北千住で、ある物件と出会ったことからはじまった。

「当時は草木がボーボーで人が寄りつかないような物件でしたが、大家さんの許可を得て、改装してお店をオープンしました」

お店をはじめると、徐々に口コミやSNSで話題を呼び、人気店に。ところが開業から12年経った頃、建物の売却が決まり、立ち退かなければならなくなった。

そこで、もともと王子に構えていた焙煎所に喫茶スペースを増設し、2022年に『GRANARYS COFFEE』を移転した。

王子の街で、再スタート

場所選びで重視したのは、“自分に縁がある街であること”だった。

「父が池袋の出身で、母も僕も北区の学校に通っていたので、昔から王子に立ち寄ることが多かったんです」

駅前から緑がたくさん見えて、ときどき通る路面電車が飛鳥山の向こうへ駆け上がっていく。それは、伊能さんが学生の頃から変わらない、今でも大好きな王子の風景。

古いものを修繕し、使い続けていく

王子に根を下ろして約2年。手作りで改装を重ねた店内は、調和と心地よさに満ちている。

店内の至るところには、伊能さんが買い集めたさまざまな古本が並べられている。それは、みんながスマホを持つ時代に、喫茶店に来たときくらいは紙に触れるという選択肢を用意しておきたいという想いから。

コーヒーは農作物。その時いちばん美味しい旬の1杯を

喫茶店に欠かせないメニューといえばコーヒー。そのコーヒーには並々ならぬこだわりがある。

「コーヒーは農作物なので、味わいが毎年違うんです。『この農園のこの豆だから絶対に美味しい』ということではないので、その都度状態を見て、お店で扱うものを選んでいます」
『INDIA』は、トウモロコシやきな粉のような甘みがあるオールドロブスタ種。ブレンドも、フローラルでカスタードのような風味の『Mocha Blend』など個性的なものが揃う。(2024年11月取材時のメニュー)

他にも、定番の原産地だけではなく、ベトナムや中国など日本に近いアジア諸国が原産の豆を使った珍しいメニューが多数あり、コーヒーを通して世界を旅しているような気分になる。

日本製の道具を使い、味も工程も妥協せず

コーヒーはメニューだけではなく、焙煎も季節によって変えている。

「例えば、ココアって冬に飲みたくなるものですよね。だから、冬はちょっとココアに近づけて、厚みや苦みが出るようにしてみたり。反対に、夏はカラッと仕上げます。こだわりは、とにかく豆を美味しくしてお出しすることだけですね」

焙煎に使うロースターは、フジローヤル(富士機器)の3㎏釜『R-103』。

使いはじめたきっかけは、フジローヤルの東京支店が足立区にあり、同じ地域で事業を営む身として親近感がわいたため。また、近年海外製のロースターを使う店が多いなかで、日本製の機械を使うことにもこだわりたかった。他の道具もできるだけ日本製を選んで使っている。

お店に来てくれるお客さまに、今まで存在を知らなかった豆や、飲んだことのない味に出会ってもらいたい。だからこそ、道具と工程一つひとつに想いを込め、一切妥協はしない。

価格の理由と、常連さんとのコミュニケーション

提供するコーヒー1杯の値段は“500円以上にはしない”と決めている。

「コーヒーは、好きな方だと毎日飲むような嗜好品じゃないですか。家やコンビニでも飲めますが、週に1回でも喫茶店に来て飲んでもらえればいいなと思っています」

時代とともに喫茶店の経営も揺れ動くけれど、どんなときもお客さまの視点を忘れずに物事を考えていきたい。

「チーズケーキ  税込500円」、「フレンチトースト  税込900円」。フードメニューはコーヒーに合うものを基準に考案されている

常連さんと交わす挨拶やささいな雑談から、何かが始まることもある。
例えば、今年の9月に王子で出版物を取り扱う​『PRINTING PEEPS』(プリンティングピープス)​と共同で​​『ぐらぐら』​​という冊子を作成した。

「王子に来てくれる方たちに持って帰ってもらえる王子のパンフレットみたいな、お土産のような物を作りたいと思っていました。といっても地図やお店の紹介じゃなくて、王子に住んでる人とか、お仕事や休みの日に王子に来ている人が、好きに書(描)いたり撮ったりしたものを集めて載っけています」

“​王子発​”​というコンセプトで、今後は定期的に発行したいと​考えている。

お店で販売している本も『PRINTING PEEPS』のセレクトによるもの。本を仕入れるのは『玄玄書林』(ゲンゲンショリン)という書店で、店主はもともと毎週コーヒーを買いに来る常連さんだった。

また、作品の展示やブランドの商品販売など、常連さんの取り組みを時々お店で紹介したりすることも。

これらの根底にはお客さまへの感謝の気持ちがある。

「やっぱり、街の人がいてこその店なので。この街の人にお店をやらせていただいていると思っています」

“街の喫茶”になる

街と人と、切っても切り離せない喫茶店。伊能さんが目指している“街の喫茶”とは、どんなものなのだろう。

「この街に住んでいる人や働いている人に、『自分の街にこんな喫茶店があるんだ』と思ってもらえたり、『この店があるなら近所に引っ越したい』と思ってもらえるような場所になれたらいいですね。進学や就職で別の街へ出て、久しぶりに帰って来た人にとっても、変わらずにそこにあり続ける喫茶店になりたいです」

そのために大切なのは、今やっていることをこれからも続けていくこと。当たり前のようで、いちばん難しいことかもしれない。

「ただ、毎日、いちばん美味しいコーヒーを出す。それだけですね」

『GRANARYS COFFEE』は、今日も王子の街角にひっそりと佇み、訪れる人を待っている。その光景はやがて街並みに溶けていき、この街の原風景になっていくだろう。

GRANARYS COFFEE
東京都北区豊島1-7-6-102 map
12:00~19:00
定休日:土曜・他年末年始など
https://www.instagram.com/granaryscoffee_jp/