さながら“氷上の陸王”。町工場から世界へ翔る、日本人専用スケートシューズ

さながら“氷上の陸王”。町工場から世界へ翔る、日本人専用スケートシューズ

2018年2月9日、韓国にとっては初の冬季五輪開催となる平昌オリンピックがいよいよ始まる。

ロシアの“国としての不参加”や、アイスホッケー女子の韓国・北朝鮮合同チームによる出場など、どちらかというと競技以外のトピックが連日のように報道されてきた。

しかし、いざ始まってしまえば花形種目のスピードスケート、フィギュアスケート、アイスホッケーなどの戦いに注目は集まる。また、日本が何個のメダルを獲得できるかという点も気になるところだ。

そんな氷上で活躍する選手の足元を支えるのがスケートシューズ。コンマ何秒、ジャンプひとつで勝敗が決まる競技の陰の立役者ともいえる。

まさに“氷上の陸王”といえるストーリー

ところで、皆さんはご存知だろうか。このスケートシューズ、じつは日本の中小企業の技術力に支えられているということを。その企業こそが、東京都足立区に本社および工場を置く株式会社 横山商店。

昨年末は、ランニングシューズ市場で大手メーカーに果敢に立ち向かう中小企業の奮闘を描いたテレビドラマ『陸王』が話題になったが、これはまさに“氷上の陸王”といえるストーリーだ。

従業員数は8人。いわゆる小さな町工場だが、スケート靴の全パーツを設計・製造しており、世界のメダリストやプロスケーターが愛用するスイスのスケート靴ブランド「GRAF(グラフ)」の日本正規代理店でもある。

また、同社は欧米人と日本人では足の骨格が異なる点に早くから目を付け、日本人専用のラスト(木型)を独自に開発。“JAPAN SPECIAL MODEL”として仕上げたスケートシューズは評判を呼び、荒川静香や安藤美姫らトップスケーターが足合わせのためにわざわざ訪れている。

足を見ればすぐに「あの型だな」とわかる

2代目社長の横山剛さん(65歳)は言う。

「日本人の足の骨格は特殊。下駄や草履文化の影響だろうね、つま先で鼻緒をギュッと握って歩くから幅が広くて甲が高い。欧米人はその逆。それなのに海外仕様と同じ設計じゃ、足に負担がかかるだろうということで、30年ほど前から日本人用の木型の開発を始めて、2006年のトリノオリンピックの頃にやっと選手の方々に実感してもらえるようになりました」

今では、足を見ればすぐに「あの型だな」とわかるという。型を決めたのちに、選手から履いた時の細かい感覚を聞き出して微調整を行う。

「日本人に限っては足の形は多種多様で、たとえば親指より人差し指の方が長い人もいれば逆の人もいる。こうしたオーダーメイドの生産態勢によって、同型のシューズでも並行輸入製品とは一線を画すフィット感が生まれ、それが結果につながるんですよ」

日本人の足に合わせた設計は、「ZAIRAS(ザイラス)」という一般向けモデルでも同じ。 5 年後、10 年後にトップアスリートになるかもしれない選手を足元からサポートしている。

「足が曲がっているためにまっすぐ滑れるのが苦手だった子から、『まっすぐ滑れるようになりました!』という報告を受けた時は嬉しかったね」

取引先から受け取った手形が不渡りに

先代の社長は、もともとブーツ職人で皇室御用達の乗馬靴なども手がけていた。そこへ1970年代のスケートブームが到来、これを機に横山商店はスケートシューズの生産に乗り出した。

「当時はすごかったんですよ。飯田橋の駅からスケートリンクがある後楽園まで大型バスがずらーっと繋がっていましたから」

今では月間300〜400足を生産し、レンタルや学校向けのスケートシューズのシェアが8割を超えるトップメーカーに成長した。

しかし、経営が常に順風満帆だったわけではない。1960年代には取引先から受け取った多大な金額の手形が不渡りになり、会社を畳む瀬戸際まで追い込まれたこともあったという。

「僕が中学生の頃ですね。子供ながらにも、大変なことになっていることはわかりました。でも、他の取引先が健全だったので復活できたようです。そして、一番の強みはクオリティが高い最先端のスケートシューズを作る技術を持っていること。そのために、今も国内外のモノ作りの現場を定期的に視察しています」

とにかく、既成概念にとらわれるのが一番ダメ

スケートシューズ作りのノウハウを活かして、野球やボクシングシューズも製作する。野球用シューズでは長い間、日本の老舗大手メーカーの受託生産も手がけていたが、そことの提携を絶って、日本の野球界では近年ブランドが浸透してきた海外ブランドのU社と契約を結んだ。

「長いお付き合いだったメーカーは、とにかく下請けの囲い込みがすごい。理不尽なこともたくさんありました。そういうのを見ていると、会社というものは大きさではない。今はネットの時代だし、どこにも負けない専門性が大切だから」

横山さんは中国進出も考えている。中国人の足にフィットしたスケートシューズを開発し、さらに現地の法律や文化を学べば実現は可能だと語る。

「新製品のアイデアも常に考えていますよ。たとえば、二枚刃のシューズは初心者向けとしてスケート施設から引き合いがあるし、あえて滑りが悪い靴なんてのも面白い(笑)。とにかく、既成概念にとらわれるのが一番ダメ」

グローバルな最新情報を取り入れることも仕事

最後に、平昌オリンピックの見どころを聞いてみた。

「スピードスケートで金メダルを期待されている小平奈緒選手が速くなったのはオランダへ留学してから。おそらく、日本とオランダのスケート理論にくい違いがあったんじゃないかと思います」

そうなると、オランダの理論に合わせたスケートシューズが必要になるわけで、単にモノ作りだけではなく、グローバルな最新情報を取り入れることも横山さんにとっては重要な仕事なのだ。

「また、スケート業界全体の見方としては靴の性能だけではなく、どうしたら氷の上をもっと楽しく滑ることができるかを考えています。道具はあくまでも、その目的を達成するためのツールなので」

華やかさやスピード感に魅せられるスケート競技。しかし、選手とリンクをつなぐスケートシューズにも注目してほしい、そこには、日本の中小企業が誇る高い技術力が集結しているからだ。

株式会社 横山商店
東京都足立区千住曙町34-2
03-3882-6655
http://zairas.jp/