装飾やサビ防止など、めっき加工は幅広い分野に用いられています。その技術は日本で大きく進化しましたが、生産拠点の海外シフトや後継者不足により、国内の工場数は年々減少。業界全体が厳しい環境にあるなか、ひとり気を吐く企業があります。
東京都北区にある興栄工業株式会社が得意とするのは、オイルライターの装飾めっき加工。企画・デザインから梱包まで一貫生産体制を整え、昔気質な手仕事によって世界的ブランドから重用されています。
さらに同社は金属加工業にとどまらず、オリジナルの美容ブランドを展開。20年前に発売したヒートカッターは夏の便利アイテムとして、毎年のように女性ファッション誌に取り上げられるほどの地位を確立しています。
熱でカットするアンダーヘア用ケアグッズ
累計売り上げ本数100万本を突破した『ラヴィアVライントリマー』(3810円税抜)は、誰でも簡単に使える電池式のアンダーヘア用ケアアイテム。くし内部にある熱線で、一度に10本ほどの毛を1センチまで短くカットできる優れものです。
使い方はスイッチを押したまま、つまんだ毛にくしを通すだけ。ポーチにも収まるスリムサイズで扱いやすく、自宅でも旅行先でも手軽にお手入れすることができます。
同社代表取締役社長の岡本衛さん(44歳)によれば、ハサミやカミソリと比べて次のようなメリットがあります。
「熱で焼き切ることで、切り口が丸くなるのでチクチク感を抑えられます。下着から毛が抜け出ることも少なく、自然にボリュームダウンするんです」
それにしても、オイルライターで礎を築いてきたメーカーがなぜ美容グッズの世界に飛び込んだのでしょうか。
ダメ商品がカタログ掲載で大逆転
話は1990年代にさかのぼります。100円ライターの普及や為替レートの円高により、日本のライター業界は大きな打撃を受けました。Vライントリマーはリスク分散のため、「自社の技術を他で活かせないか」と先代の社長が考案したアイディア商品の一つでした。
試作品段階では髪の枝毛用カッターでしたが、複数の女性に意見を求めたところ反応が薄かったため、アンダーヘア用として売り出すことに。1998年、『Silky care(シルキーケア)』という名前で発売しました。
岡本さんは当時、入社2年目で営業を担当していました。当時を次のように振り返ります。
「ある日、先代に『売れ』と渡されて。初期ロット数は5000本。『金型を作ったんだから、これくらい売らないとペイしないじゃないか』と。ものづくりはしっかりしてるんですが、いかんせん技術先行型。ダメ商品の見本じゃないかって、あ然としましたね。パッケージも見るからに昭和感漂うでしょ(笑)」
得意先の大半はオイルライター関連で、女性用美容グッズとは相いれません。岡本さんは販路拡大に努力したものの相手にもされませんでした。
発売開始から3年後、岡本さんに転機が訪れます。あるカタログ通販会社の女性バイヤーを人づてに紹介してもらい、カタログ通販誌にSilky careが掲載されたのです。そこで結果を出した岡本さんは、他社にも一気にアプローチを仕掛けます。その努力が実り、日本中のカタログ通販誌に取り上げられるようになりました。
当時は大手通販サイトが続々と誕生した時期でもありました。「店頭販売よりカタログ通販向きということは、ネット販売にも向いているはず」と考えた岡本さんは、売り込み先をネット販売の卸問屋にも広げ、売り上げをどんどん伸ばしていきました。
得意先を説得して誕生した自社ブランド
マーケットの分析を進めた岡本さんは、ムダ毛に対する女性の悩みは深く、デリケートな問題が多いことに気づきます。2008年、コンセプトを徹底的に見直し、新ブランド『Ravia(ラヴィア)』を立ち上げました。
「ほとんどの得意先からは『せっかく売れるようになってきたのに、ここでブランドを切り替えたらまたゼロからじゃないか』と反対されました。でもSilky careは僕らが狙うブランドではなくて、このままじゃうちの会社は絶対にやっていけない。『売り上げは2年で回復させます』と押し切りました。あの時は鬼気迫る営業をやらざるを得なかったんですね」
その後、派生モデルとして入門タイプの『プティコ』(2650円税抜)と本格タイプの『フローラ』(8200円税抜)を開発しました。
フローラが誕生したきっかけは、「少量ずつしかカットできないのは面倒」というユーザーの声だったそうです。試作を重ね、一度に30本ほどカットできる充電式のハイパワーモデルが完成しました。
「アンケートをとると20パーセントくらいの人が“面倒”だと思っていて。そういう人がいるんだったらってことで、シンプルに大きいのを作ったのですが、やっぱり毎年少しずつ売り上げが伸びてますね」
男性にはあえて軽いノリ
同社は3年前、男性向けブランド『KDIOS(ケディオス)』をスタートさせました。
ブランド名は、“毛”と“アディオス”(スペイン語で「さようなら」の意)の語呂合わせ。パッケージには陽気なラテン男や擬人化したジャガーやサボテンが描かれていて、ポップさを前面に押し出しています。Raviaとは対照的な印象です。
「できるだけ抵抗感なく、ノリでいいんじゃない?みたいなイメージがほしかったんです。あんまり男性にデリケートな話をしても『よくわからない』という反応が確かにあって。女性向けマーケットと考え方が少し違うんです。おもしろいですよね」
ちなみに、キャラクターの原案は岡本さん作。「堂々と気軽にケアしよう」というメッセージが届いたのか、KDIOSの注目度もじわじわと上昇しています。
「夏の外回り営業だとかスポーツのときもムレにくいですし、風呂上がりの爽快感は間違いなく上がりますよ」と岡本さんのお墨付きです。
コンセプトを伝えることが何より大事
Vライントリマーが人気を保ち続ける理由について、岡本さんは次のように話します。
「今の世界の仕組みだと思いますね。ネット販売を続けてきた結果、Vライントリマーはネット上のレビューコメントの量が圧倒的に多いんです。新しい書き込みばかりでなく、10年以上前の書き込みが残っているので、『そんなに昔からあるならウソじゃないよね』と信頼される。売ること、つまり色々な方に使ってもらうこと自体が広告なんです」
大型量販店の店頭でも売られるようになったRaviaは、訪日外国人も買っていきます。もっとも、海外での評判はいまひとつなんだそう。
「日本製でおもしろいから買ったっていうレベルなんですよ」と岡本さんは冷静に分析。“商品の存在意義”を正しく理解されていないことが一因にあると考え、英語と中国語版のスマートフォン対応サイトの開設に着手しました。
「弊社は機能優先で苦労してきましたから、コンセプトを伝えることが大事だと思うんですよ。アンダーヘアを処理しなきゃいけないなんてことは決してなくて、色んな文化や考え方があります。ただ、うちの商品を使えば清潔感がアップするし、毛深いのがコンプレックスな人はちょっとハッピーになれる。それだけなんです」
興栄工業株式会社
東京都北区昭和町3-1-2
03-3800-5720
http://www.koei-web.jp/
Ravia(ラヴィア)
http://ravia.jp/
KDIOS(ケディオス)
http://www.kdios.jp/