とある有名百貨店の紳士靴売り場には、世界のそうそうたる名靴が並ぶ。その中では無名に近いモロッコ王国カサブランカ発の紳士靴ブランド『ベンソンシューズ』が約2週間のポップアップ店舗における2018年最高の売上足数を記録し、バイヤーたちを驚かせた。
その実績が評価され、2019年3月に有楽町の阪急メンズ東京では常設販売をスタート。そこはフロアのメイン通路沿いで、期待の大きさがうかがえる。この他にも全国トップクラスの百貨店やセレクトショップから声がかかっているという。
世界最高の素材を活かすバランス力
ベンソンシューズの総輸入販売元で、皮革製造業を営む株式会社スズキの代表取締役社長・鈴木徹さん(49歳)は、ブランドの特徴を“いいとこどり”と分析する。
紳士靴には生産国の文化や様式美が反映されている。イギリスは質実剛健、イタリアは線が細くてドレッシーといった具合だ。
「彼らの真似にならずに格好よく演出するって難しいんです。そこを非常にうまくまとめている」
良い靴には優れた革が不可欠。ベンソンシューズでは足の甲を覆うアッパーに、フランスの名門タンナー・アノネイ社のカーフレザーを使用している。生後6ヶ月くらいまでの仔牛の革のことで、厚手でキメが細かく、なめらかな手ざわりが特徴だ。エルメスなどのラグジュアリーブランドと同じグレードのものが供給されているという。
「とにかく世界で一番いい靴を作るために必要な素材を集めている。長年革の仕事に携わる僕らが『どうやったらこの革が作れるんだろう』っていうくらい」
匠の技が360度包み込む
デザインに惹かれて手にとった人は、フィッティングでさらに驚かされる。
「足入れしたときの包み込まれるような感覚、サイズ感、シルエット。全体のバランスが非常にいい。そういう靴は意外とないんです」
海外製の靴は日本人の足に合わないことが少なくない。しかしベンソンシューズは、試着をしてそのまま購入に至る率がフロアでもトップクラスで、リピーター客も多いという。
「小さなメーカーならではの気遣いで、一つずつ丁寧に時間をかけながら作っているということが精度の現れなのかな」
同ブランドの大半は、既製靴では最高といわれるグッドイヤー・ウェルテッド製法で作られる。
この製法の最大のメリットは、“360度自分の足型”になることだ。履くたびにアッパーの革がやわらかくなるのはもちろん、中底(インソール)と靴底の間に詰め込まれた天然コルクが体重によって沈み込んで、持ち主の足になじんでいく。
クッション性に優れ、踏ん張りが効くから歩行が楽。コルクは汗などの水分を吸排出し、靴の中を調湿してくれる効果がある。底付けに複雑な工程を要するものの、縫い糸を解けば靴底がまるっと交換できるのもありがたい。
「15年使い続けてもボロになるんじゃなくて、かっこよく古くなる感じかな」
ベンソンシューズに約50人いる職人のキャリアは、15年から25年。匠の技がよく表れているのが、コイン1枚分浮いている“かかと”だ。履いてみると、てこの原理で履き口が締まり、足首のラインがピタッと合う。
「このレベルの靴を作れるところは世界中探してもあまりない。靴を置いたときに『いいね!』だけじゃなくて、履いたとき、いかに立体的に美しく見えるか。彼らはそれが表現できるんです」
原点は伝統の履き物バブーシュ
アフリカ大陸北西部に位置し、マグレブ(アラビア語で「日沈む場所」)諸国の一つであるモロッコは、アフリカ・イスラム・ヨーロッパの各文化が交差する。
旧都フェズには12世紀に作られた皮なめし工房があり、今でも革を作っている。用途は本の表紙や小物など多岐にわたり、モロッコの伝統的な履物バブーシュにも使われる。
ベンソンシューズの歴史は、バブーシュ作りの名人だった現社長の祖父が政府からミリタリーシューズの製造を請け負ったことに始まる。より大きく飛躍しようと1963年から紳士靴作りに着手し、現在はヨーロッパにも支店を広げる。
そんな話を聞けば、注目せずにはいられないバブーシュ『BELGHA B. Casablanca』(3万3000円・税抜)は、型押し加工が施された一枚革の端正なフォルムと抜け感のバランスが他にない。
絶妙なサイズでパーツを裁断・縫製しているから、歩いてもスリッパのようにかかとが浮かず、しっかりフィットする。
ドレッシーからリゾートまで多彩な展開
鈴木さんがベンソンシューズに出会ったのは2016年頃のこと。スズキはもともと40年ほどの歴史を持つタンナー。原料調達のため世界中を飛びまわる中で、ベンソンシューズの存在を知った。
スズキが革靴のOEMを手掛けていたこともあり、目利きに自信のあった鈴木さん。「あいまいで抽象的な雰囲気が日本人に好まれるはず」と確信した。
一番人気はシンプルなストレートチップタイプ。『HARVEY 2102』(4万4000円・税抜)や『TROY 7017』(4万6000円・税抜)をフォーマルシーンにさらっと履きこなしたい。
ネイビーのスウェードとブラウンのレザーを組み合わた内羽根式ウイングチップ『ALLEN 9700-ST』(4万4000円・税抜)は、トラッドとカジュアルが両立する逸品。靴底には革ではなくイタリア製ラバーを採用している。滑りにくいラバーなら、ツルっとした路面に臆することなく出かけられるだろう。
その他リゾートシーンにぴったりな『WALTER 1343』(2万9000円・税抜)など、どのシリーズもクオリティの追求に余念がない。アッパーと靴底の間に、手編みした天然のラフィアヤシの生地を縫い合わせる工程は、ことのほか技術と手間を要する。生地を貼っているだけの類似商品とは一線を画している。
「10万、20万円で売っているブランドと同じ、もしくは負けないクオリティは大前提。できる限り多くの人たちに、人生で一足でも試してもらえたらうれしいですね」
日本のタンナーが売る理由
実は鈴木さんは一般社団法人日本タンナーズ協会の理事として、日本の革および革製品の魅力を国内外に広める活動をしている。それゆえに海外ブランドを扱っていることに対して、疑問を呈されることもあるという。
「モロッコの町工場のおじさんたちがここまで高いスペックのものを作っていることを、とにかく日本の人たちに知ってもらいたい。そうすれば靴に対する感性がもっと豊かになります。頭ごなしに排除するのではなく、みんなで競争しながらクリエイトしていくことで、新しいものが生まれる可能性だってありますよね」
日沈む国のクラフトマンシップは、日出ずる国のそれに引けをとらず。靴に対する意識の高い欧米人からもベンソンシューズは評価されている。
そんな革靴を日本のマーケットに送り出し、買い手はもちろん作り手にも刺激を与えたいと、鈴木さんは大きな期待を寄せる。
BENSON SHOES(ベンソンシューズ)
https://www.benson-shoes.jp/
株式会社スズキ
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