個人・団体が制作から流通までを手がける少部数の本“リトルプレス”が全国各地で花盛りです。アートや暮らし、食など編集発行人が夢中になっているテーマを1冊に凝縮。ニッチな個性があふれ、熱心な読者を持つ冊子はめずらしくありません。
東京都荒川区東尾久にある「まんまる〇」は、活版印刷職人の竹村渉さんとデザイナーの若林亜美さんの夫婦が営む工房。名刺やショップカード、招待状、ノベルティなどの注文と並行して“出版部”を立ち上げ、2018年から7冊のリトルプレスを制作・販売しています。
ファンのツボをおさえた作品づくり
企画・編集しているのは、かつて広告やエディトリアルデザインの仕事をしていた若林さん。紙の魅力を活かす提案が得意で、アート作品あるいは紙雑貨としても楽しめる本をつくってきました。
『ももろ ペーパーワールド』(2000円・税抜)の著者であるももろさんは、かわいらしい動物のキャラクターを数多く手がける絵本作家・イラストレーターです。
「ももろさんはすごく作品数の多い作家さんで、ツイッターにもイラストを毎日投稿されています。ファンはたくさんの作品を見たいだろうし、実物をとっておきたいんじゃないかと思って、とにかく絵が楽しめるものにしました」(若林さん)
A5判に50点を超える作品を1ページにつき1点収録。1枚ずつ切り離せる仕様になっているので、画集として楽しむだけでなく、白無地の裏面を便せんにしたり、アートフレームに入れて飾ったり、ワクワクする一冊です。
「私が作家さんのすごいファンになれるんです。その好きっていう気持ちは、買ってくださる方に伝わると思っていて、『ファンならこういうところが好きなはず』というのを形にできるようにしています」(若林さん)
特別な「銀河鉄道の夜」
活版といえば宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を思い起こす人も多く、まんまる〇翻案の「銀河鉄道の夜/活字組版印刷カードブック」(5000円・税抜)はファン垂涎の一作。若林さん自身、小学生のときに読んだ第二章・活版所のシーンがずっと心に残っていたそうです。
「当時はこのシーンが理解できなかったんですが、自分が活版をするようになって『主人公はこんなバイトをしていたのか』と作品への愛がさらに深まりました。これを活字にできたらいいなと思っていたんです」(若林さん)
そんな長年の想いを込め、全九章から印象的なシーンを抜粋して各章1枚ずつカードに印刷。同作に登場する「星めぐりの歌」・表紙・裏表紙を含む12枚がすべて手動の活版印刷で刷り上げています。
「同じ書体でも、デジタルフォントはそのままの形で拡大・縮小されますが、活字は大きさによって画線を変えたりしている。マニアックな話ですが、そういう細かいところがきれいなんです」(竹村さん)
デザイン原稿をもとに竹村さんが金属活字を集め、本文の組版を作成。詰め物を使いながら余白を調整します。
文字部分はカスレが出ないよう版に塗るインキを多めに、印圧を控えめにすることで、優美な印象に。それに対して星柄は、印圧を強めにしてラインの凹みを作り、存在感を出しています。
カード形式にしたのは第九章「ジョバンニの切符」にあやかって。カードを並べると各章の星柄がつながり、大きな銀河が浮かび上がるデザインに思わず心が躍ります。
こだわりが実現できる荒川区
出版部では活版印刷に限らず、特殊加工も惜しみなく取り入れるのが二人の考え。
「市販の書籍だと販売価格が先に決まっていて、そこに合わせて制作します。でも、私たちは価格を上げてでもいいものを作りたい」(竹村さん)
例えば、「坂本ヒメミ図録 陽国記の図版集『Otherworldly』 special Edit.」(4200円・税抜)の製本は、背表紙がないコデックス装を採用。どのページも真っ平らに開け、特注の黄色い綴じ糸がアクセントになっています。付属のアートフレームには、繊細な抜き加工にゴールドの活版印刷が施されていて、ミステリアスな世界が際立ちます。
まんまる〇のある荒川区にはさまざまな印刷や加工、製本会社が集まっており、横のつながりで優秀な会社を紹介してもらっているそうです。
「みなさん親身に相談に乗ってくれて、活版以外にも表現の幅が広がりました。私たち自身、いろいろ知識を得たから出版部をつくるという発想になったと思います」(若林さん)
二人のこだわりがつまった作品は、同社オンラインショップで購入できます。時には、大手書店や雑貨専門店が開催するイベントで売り場のメインを飾ることも。2019年9月には、作家や編集者の憧れの書店、京都の恵文社一乗寺店で「まんまる〇 紙と本をたのしむ秋」を開催しました。
手間暇が本の価値を上げる
竹村さんがこの道に進んだきっかけは、若林さんに連れられた活版印刷のイベントでした。当時会社員だった竹村さんですが、印刷機を動かす楽しさに魅了され、約半世紀のキャリアを持つ名士である三木弘志さんに師事。お墨付きを得た2015年に脱サラして、夫婦で工房を開きました。
所狭しと並ぶ年季の入った印刷機や活字棚。購入したのは1台だけで、残りは近隣の印刷業者が処分するタイミングで譲り受けたものなんだそう。「こんな斜陽な仕事を始めて大丈夫?」と心配されることもありました。
しかし、スマホやパソコンに慣れきっている今だからこそ、印刷物が再評価されていると二人は感じています。
「私も電子書籍を読むんですけど、体験の度合いがやっぱり紙とは違う。こだわったものを作っていけば、本の価値がもっと上がって、印刷をもっと楽しいことにできるかな」(若林さん)
手間のかかる分、活版印刷はコストも高め。だからこそ二人は、値段相応の仕事をしないといけないという真摯な姿勢でものづくりに励んでいます。工房で注意し合うのも、夫婦の信頼関係があればこそ。
「どちらかというと、私が厳しくされるだけなんですけど(笑)」(竹村さん)
「すみません(笑)」(若林さん)
凸凹夫婦の絶妙なバランスから生まれる、まんまる〇のリトルプレス。手にした時のえもいわれぬ愛おしさは特別です。
まんまる〇
東京都荒川区東尾久1-33-2-101 map
https://mamma-ru.com/
https://twitter.com/mammaru_t/
https://www.instagram.com/mammaru_waka/