十四代蔵直 赤羽でしっぽり 天ぷらと愉しむ

十四代蔵直 赤羽でしっぽり 天ぷらと愉しむ

天ぷら、それは繊細な職人技が凝縮された江戸前料理。鍋の中でカラカラと音を立ててはねる油の匂いは香ばしく食欲をそそる。カウンター越しの職人と食談義に花を咲かせて、満腹感と満足感が快く後に残る。

北区東十条で45年間のれんを守ってきた『天ぷら 日本料理 あら川』が2021年2月、赤羽に移転オープンした。

あら川はただの“街の天ぷら屋さん”ではない。日本を代表する山形の銘酒『十四代』の全国に3店舗しかない蔵直店としての顔を持っている。最も入手困難といわれる純米大吟醸『十四代 龍月』など全銘柄を取り扱い、常時約15種類が揃う。

世界が認める名門の味を引き継ぐ

店主の荒川敏郎さん(74歳)が修行を積んだ店は、1930年創業の『銀座 天一』。国内外のVIPに愛され、テンプラの名を世界に広めるのに一役買った歴史を持つ高級店だ。

あら川はそんな名門仕込みの味を普段使いにも無理のない金額で提供する良店。壁の札にある旬の魚介や野菜、かき揚げなど約12種が4000~5000円で楽しめる。

春の一押しは、大分県産のどんこ椎茸。室内で大量生産される菌床栽培ではなく、天然の木を用いた原木栽培のビッグサイズで、東京ではあまり流通しないという。肉厚のかさから旨味のしずくが口いっぱいに広がる。

あら川でぜひ食べてほしいのが、天一直伝の『穴子カレー』(1100円税込)。

「クセを抜くんじゃなくて、夏の魚の脂が強いときにカレー粉でさっぱり食べようっていうのが発想なんですよ」

期間限定の予定がすっかり定着し、今では人気の通年メニューになった。

天ぷら以外では『じゅんさいとろろ』(1100円税込)も人気。とろろとウニの甘みに酢の酸味が加わり、さっぱりとした後味だ。

ランチなら『天ぷら定食』が1430円(税込)で気軽に味わえる。『特製天丼』(1430円税込)と『江戸前 穴子丼』(1980円税込)はアツアツの天ぷらとタレ、ご飯が絶妙なハーモニーを醸す。ツルっとしたのどごしが恋しいなら麺類とのセットもいい。

日本酒愛が結び付けた十四代との縁

1990年代半ばに誕生した十四代は、酒米の個性に合わせた旨口芳醇が特徴の日本酒。当時主流だった辛口淡麗とは、対照的な味わいにもかかわらず、市場に出回るや瞬く間に注目を集めた。

他方で、自分の店を持ったばかりの頃の荒川さんは、認知度の高い酒を揃えればいいという考えがどこかにあった。しかし、ある客の一言をきっかけに、日本酒と向き合うようになる。

「この店、料理はうまいけど酒はまずいな」

酒好きが集まる名店に連れていかれ、日本酒の奥深さに開眼。勉強会を主宰して同志と研究を積み、いつしか知る人ぞ知る存在に。

そしてその情報を聞きつけたのが、十四代蔵元・高木酒造の高木顕統さんだった。当時、高木さんはまだ無名だった十四代の東京進出を図り、その卸先を自分の足で探していた。荒川さんのお酒に対する豊富な知識やお店での管理状況から、ここなら造り手の思いを受け止めてくれると直取引に至った。

「十四代をみんなに飲んでもらいたいから。よそよりも安く提供しようかっていうことなんです」

店頭ではほとんど入手不可能で、30万円台の値が付く銘柄もある十四代だが、あら川には酒販店よりも早く入荷する。

最も人気が高い本醸造『十四代 本丸』は “日本で一番低価格で、一番おいしい酒”というコンセプトのもと開発された銘柄だ。他店では正一合1300~1500円くらいが相場のところ、あら川では900円台で飲める。

蔵元との信頼関係がうかがえるのが生酒の存在。加熱処理をしない生酒は、生鮮食品と同じくらい繊細。酒販店でも扱えるところが少ない中、十四代の生酒が8種類も入荷するというから驚きだ。

そうした情報を聞きつけて、方々から酒好きがこの店を訪ねる。

「十四代は進化していますよ。酸を加えてキレを出している。おいしすぎて、つまみがいらないくらいだったんだけど、天ぷらにもどんどん合うようになってきた」

新天地でさらなる成熟を

買い物客が行き交う赤羽スズラン通り商店街(LaLaガーデン)をJR赤羽駅側から入り、中学校に面する落ち着いた場所に、あら川はたたずむ。

入り口から席までのアプローチは、荒川さんの強い要望でバリアフリー化。車いすやベビーカー利用者に配慮して、フレキシブルに配置転換ができるようにテーブル席を12席設けた。

その他カウンター9席、奥には6人掛けの掘りごたつ式の個室が2つある。高級感を出すため座席数は減らしたが、値上げはしない。

客とのつながりは何物にも代えがたい財産であると話す荒川さん。電話番号は東十条時代のものを頑張って残した。

「昔馴染みの常連さんが来るとホッとするよね。大変だったけど電話番号だけは変えたくなかったんだ」

常連客だけでなく新規客からの評判も上々だ。月に何度も足を運び、自分の好きなネタだけを頼んでさくっと飲んで帰る人もいる。

味に本気。老舗の風格ながらも親しみやすい。経験値の高い大人が通いたくなる店が赤羽に加わった。

天ぷら 日本料理 あら川
東京都北区赤羽2-7-2第5あら川ビル1階 map
03-3912-1430
11:30~14:00/17:00~21:00 (L.O20:00)
第1・第3火曜/水曜定休
https://www.tenpura-arakawa.com/