都立大学駅でちょっと寄り道 額縁屋がいざなうアートの世界

都立大学駅でちょっと寄り道 額縁屋がいざなうアートの世界

閑静な住宅街が広がる地、目黒区八雲。都立大学駅をはさんで東西に延びる緑道沿いに、テラスのような雰囲気を醸すギャラリー『ノイエ エクステント』がある。

真っ白でニュートラルな空間では、絵画や彫刻、写真などさまざまなジャンルの展覧会が催される。

地域に根付いた芸術の空間

「都立大学にはこんなに面白い場所があるんだと、地域の方々が思ってくれたらうれしいです」

出迎えてくれたのは、このギャラリーを営む株式会社コール代表の鷹箸廉(タカノハシ・レン)さん(48歳)。

1969年に額縁・額装店『ニュートン』として誕生した同社は、2012年に本店の一角で企画展覧会を始め、2015年に展覧会や各種イベント事業を行う部門としてノイエ キュレーション&クリエションを設立した。つまり、ノイエは額縁屋が運営するギャラリーだ。

ギャラリーというと美術に詳しくないと入りづらいイメージがあるかもしれない。しかし廉さんと妻の亜樹さんは、美術に詳しくなくても気軽に楽しんでほしいという思いから、どんな人でも温かくもてなしてくれる。

ノイエでは年間12本程度のペースで企画展を開催している。展示する作品は、廉さん自身がその作家のファンで、「この作品、良いですよね」と提案せずにはいられなくなるものばかり。

「作家と作品の気持ちを一番よくわかってあげられるから、額縁屋はギャラリーに向いていると思っています」

その作品を大切にしてくれるお客さまに渡ることを心から願っていますと廉さんは語る。

来場者はコアなアート好きとは限らない。買い物帰りの主婦やジョギング中のランナーまでも、フラッと立ち寄ってアートを楽しんでいく。

ギャラリーでの展示会に限らず、家具ブランド『アルフレックス』と共に、同社の直営店4店舗でも「LIFE with ART project」という名の企画展を行う。

お客さまに寄り添いながらプランを練る

一つの空間を壁で仕切った隣の部屋は、額縁屋のアトリエ『ニュートン エクステント』。

本店が手狭になったおよそ1年前、倉庫を探し始めたが、最終的にギャラリーとアトリエという空間に落ち着いた。

額装はお客さまのイメージを聞くことから。フレームのコーナーサンプルを作品にあてながら希望に沿った形を提案しつつ、他の可能性がある時にはさりげなく別のサンプルを置き「どうですか?」と反応を見る。

同じ額縁でも作品の入れ方や余白の取り方で表情はぐっと変わる。

額縁を扱う店では品ぞろえも売りものにするところ、ニュートンは額縁の在庫を持たない。在庫を抱えるとその中だけで判断しがちになり、その作品にとってより良い額装ができなくなるという考えからだ。

額装を仕上げるのは、エクステントから徒歩2分のところにある本店の経験豊富なスタッフ。注文してから完成までは、およそ2週間~1カ月を要する。

額装業だけでも忙しい廉さんだが、ギャラリー運営までこなせている理由を次のように明かす。

「スタッフの得意なことを理解したうえで仕事の割り振りをすれば、みんなそこで活躍してくれて、私一人ではできなかったことがたくさんできるようになっていくんです」

20年近く廉さんと一緒に働く右腕がいるから、現場とぴったり息が合う。

廃業寸前の挑戦が気持ちを前向きに

現在は注文に製作が追いつかないほど多忙を極めているが、1人も客が来ない日が続いたこともあった。

額縁屋は基本的に待つ仕事だ。額縁を作りませんかと営業しても、中に入れる作品がないことには始まらない。

店をたたむ方向で家族会議を開いたところ、亜樹さんに鼓舞され、廉さんはもう少しだけ頑張る決意をする。

どうせなら好きなことをやろうと、本店の一角に『ギャラリー ノイエ』を設け、知り合いの作家に頼んで個展を開催し始めた。

すると待つだけの姿勢だったのが、前向きな気持ちで仕事に向き合えるようになった。

「展覧会の企画をやっていると、準備の様子や次回の告知を発信できるんですね。それが精神的にすごくいい影響を与えてくれて」

ギャラリーは額装の仕事にもプラスの効果を生む。展示する作品の額装を頼まれるだけでなく、展覧会を見た別の作家からも注文を受けるようになり、作家とのつながりも増えていった。

注文が増えてきたときに起きた新型コロナの感染拡大。自宅でも安らぎを求めてアートに目を向ける人が増えた。

作品と作り手を支えたいという想い

「お世話になっている方に言われてハッとした言葉があるんです。『額装するって自分にとって大切なものが宝物に変わるんだ』。私もそのつもりで一つひとつの額装に向き合いたいし、スタッフにもそう伝えています」

額装の目的は、作品を魅力的に引き立てること。そして保護すること。作品よりも一歩下がった位置で支えないといけないと廉さんは考えている。

ギャラリー業をしているときも、作品の良さと作家の気持ちを尊重したい。

右も左も分からず始めたギャラリーの運営だったが、結果的に額装と同じことをしていると気づいたという。

アートで暮らしをより豊かに

「このジャケットにはこのネクタイが合う、お弁当を詰める時にここに赤が欲しいな、とか。誰もが日々感じているようなことの延長線上に、アートの楽しみはあるんです。敷居が高いように思われるかもしれないですけど、ほんとはもっと身近なもの」

そうした日々の小さな遊びから始めて、アートに興味を持ってくれたらと廉さんは語る。

「この作品が一つあることで日々の生活が豊かになるような、そんな提案をしたいです」

暮らしのなかにアートを取り入れたい。そう思ったら都立大学駅に出かけてみよう。素敵なときめきに出会えるはず。

額縁・額装ニュートン/ノイエ キュレーション&クリエイション(noie.cc)

本店 ※改装のため4月末までextentにて営業中。2023年5月リニューアルオープン予定。
東京都目黒区八雲1-5-6 map
10:00~19:00
定休日:日曜日・祝日
額装は予約制(TEL:03-3723-1230)
https://www.instagram.com/newton_frames/

extent(エクステント)
東京都目黒区八雲1-6-7 map
10:00~19:00
定休日:日曜日・祝日(展覧会会期中は日祝も営業)
https://www.instagram.com/noie.cc/