2024.7.4配信
豊島区北大塚にある空蝉(うつせみ)橋下交差点。この地を明治天皇が訪れた際、セミの抜け殻が付いている松の木をご覧になったことに由来しているという。雅な名を冠した交差点の角地で1955年から営業しているのが、緑茶販売の店『マルキク矢島園』だ。
老舗の緑茶専門店が作り出す絶妙な味と笑顔
昭和の雰囲気が漂う店内から、通りすがりの人に「やぁ、こんにちは~」「元気?」と笑顔で声をかけているのが店主の矢嶋新一さん(76歳)。夏の風物詩である氷旗が軒先でたなびく。
「うちでは1年中かき氷を売っているんです。圧倒的に人気なのは抹茶ミルク。南アルプスの八ヶ岳のふもとでゆっくりと凍らせて作る天然氷を使っているから、口どけが柔らかくて、食後に頭がキーンとならない」
器に氷を削って、抹茶シロップを回しかける。練乳をかけたら、別の抹茶シロップを回しかけ、最後に抹茶パウダーをたっぷり振りかければ出来上がり。原価の高い天然氷を使っていながら、価格は税込650円と良心的。
濃厚ながらさわやかな抹茶の風味と苦さと香り、そして練乳の甘さが絶妙にミックスした味は、どこからすくってもおいしい。
「うちのお客さんに言うの。食べた時の顔を見せてって。みんな絶対に良い顔をしているんだから」
抹茶系のスイーツはソフトクリームでも1年中味わえる。このほか、例年6月中に売り切れる「冷凍焼き芋」は、糖度の高い熟成サツマイモをペレットオーブンでじっくり焼いた本格派。
東京人のニーズに合わせて茶の銘柄をセレクト
駄菓子屋のような雰囲気を醸す矢島園だが、基本はお茶の専門店。産地や品種の異なるお茶が約20種類ほど店頭に並ぶ。
「東京の人は多忙な毎日を送っているので、色がはっきりとして味の濃い、さっと淹(い)れられるお茶が好み。うちに置いてあるのも、その嗜好に合った深蒸し茶がメインですね」
例えば、「望 金印 100グラム 税込1,386円」は、世界農業遺産に登録された“茶草場農法”から生まれた、静岡県牧之原市のブランド茶。味の品格と鮮緑色の色合いを重んじた高級かぶせ茶だ。
おすすめは静岡の茶工場と矢島園が共同開発した「緑茶deアールグレイ」。紅茶のアールグレイと同様に、茶葉にベルガモットの精油で香り付けしたもの。すっきりとした味わいと香りで、日本茶の渋みやえぐみが苦手な人でもおいしく味わえる。店頭の販売価格は、1袋に糸が付いていない5グラムのティーパックが10個入って税込924円。
星野リゾートと共に街を盛り上げて店も活気づく
お茶とスイーツのマリアージュをゆっくり楽しみたいなら、店の2階で隠れ家のように営業する「茶処 まんずcafe」がお勧め。店名は、奥様の出身地である秋田県の方言に由来している。
「まんずは、『よく来てくれました』っていう意味なんだよね」
1階で注文したドリンクやフードを持ち込めるほか、「あんみつ(ほうじ茶付き) 税込900円」など2階だけの喫茶メニューも用意されている。
高円寺の古道具屋で買ってきたテーブルやちゃぶ台は、どこか温かみがある。
壁や柱には、新一さんの弟妹が小さい頃に書いた落書きなど、昭和の暮らしの記憶が刻まれている。
「まんずcafeのオープンにあたって消すつもりでした。そうしたら、この部屋を訪れた外国人が『ワンダフル。これは消しちゃダメ。時間やお金じゃ買えない貴重なもの』って言うんですよ」
ご宿泊のお客さまを矢島園に案内したのが、2018年、JR大塚駅北口にオープンしたホテル「OMO5東京大塚(おも) by 星野リゾート」の“ご近所ガイド OMOレンジャー”たち。彼らは親しみと敬意を込めて、新一さんをお父さんと呼ぶ。
OMOレンジャーの経験をもつ同ホテルの総支配人・大竹陽奈子さんによると、新一さんは誰に対しても分け隔てなく接する懐の広さがある。マルキク矢島園に足を運ぶ旅行者の多くが新一さんそして大塚を好きになり、リピーターとなる人もいるという。
「私たちが『大塚はこんな街ですよ』とお客さまにお伝えするよりも、お父さんの口から大塚の歴史を話してもらったり人柄に触れてもらうことで、『大塚の人がパワフルで温かいって、こういうことなんだ』というのを感じていただける」
OMO5東京大塚と新一さんは開業当初からの付き合いだ。当時の総支配人のところに新一さんが緑茶deアールグレイを持参したところ、朝食用のフリードリンクに即決で採用された。今ではショップにも置かれている。
訪日外国人が母国に戻った後でも緑茶deアールグレイを買えるようにと、新一さんはAmazonでの販売を開始。その直後にコロナ禍が小売店を直撃、矢島園にとって貴重な収益源となった。
オンラインショップSTORESでも緑茶deアールグレイの販売を始めたほか、メルカリストアの出店準備が進行中。集客のためXやインスタグラムを使いこなし、宣伝文の作成用にChatGPTも始めた。
ご先祖さまが受けた恩を街の人に返す
まんずcafeの窓から見える景色は特等席。趣のある空間から街路樹の緑が視界に入る。四季折々の風が入り、ずっとくつろいでいたくなる居心地の良さ。
昔はこのあたりを谷端川が流れていた。豊島区の民話「うなぎの道あんない」は、平安末期にこの地に移り住んだとされる新一さんの祖先がモデルといわれている。
合戦に負けた武士が川の前に来た時、月明かりに照らされたウナギが橋を作った。そこはちょうど浅瀬で、武士は向こう側に渡って生き延びることができた。
祖先が受けた恩を他の人に返す――。現在の矢島園は、迷子になった子どもの駆け込み寺になるなど、街のホットステーションとしても愛されている。
「ネットが中心の社会になった今、多くの人がリアルなコミュニケーションから離れています。一方で人間の本能から、誰もが心のつながりを求めている。地元でおよそ70年やっている矢島園はそれを提供することができます」
矢島園を訪れると、商品の特徴を丁寧に教えてくれたり、試飲をさせてもらえる。お茶屋らしいおもてなしの精神は、オンラインショップにはない魅力だ。
店先には新一さんの父親のモノクロ写真がいくつも飾られている。
「両親が矢島園という場所を築いてくれたおかげでいろいろなことに挑戦できる。その幸せを実感しているから、生まれ育った大塚の役に立ちたいと思っています」
前向き思考が生むアイディアの数々
小さい時から店を手伝っていた新一さんが正式に店を継いだのは、大手物流会社を定年退職した59歳の時。それから17年経った今もやりたいことが次々浮かぶ。
「いま計画しているのは矢島園製の抹茶フラペチーノ。本物のお茶を使うから、大手コーヒーチェーンよりも質はずっと高いよ」
昔に思いをはせること、くつろぐこと、誰かと笑顔を交わすこと、大塚から生まれるものを想像すること。矢島園を訪れれば、幸せな感覚をいっぱい味わえるに違いない。
東京都豊島区北大塚3-22-8 map
03-3917-4795
11:30~18:00
定休日:水曜、日曜
https://yajimaen.delivery-takeout-menu.com
https://marukiku-yajimaen.stores.jp/
https://amzn.asia/d/dduBBck
https://www.instagram.com/yajimaen_official/